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神戸地方裁判所 昭和54年(ワ)1053号 判決 1983年9月30日

原告 大山勝男

右訴訟代理人弁護士 永田徹

被告 中央港運株式会社

右代表者代表取締役 向井隆一

右訴訟代理人弁護士 竹林節治

同 畑守人

同 中川克己

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金七五〇〇万円及びこれに対する昭和五四年一〇月一〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第1項につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (当事者)

原告は、後記2の事故当時、港湾運送等を業とする太興運輸作業株式会社に雇用され、デッキマンとして、船舶の荷役作業等に従事していたものであり、被告は、昭和五五年一〇月一日、右会社と株式会社永宝商会との合併により新設された(ただし、形式上は後者が前者を吸収合併するとともに商号変更した。)株式会社で、太興運輸作業株式会社(以下「会社」という。)の権利義務を承継したものである。

2  (本件事故の発生)

原告は、同五〇年一〇月四日午前九時ころから、神戸市生田区波止場町神戸港中央突堤先六番ブイに係留中のソ連船コムソムレット・ユスリージスク号(以下「本件船舶」という。)甲板において、はしけから同船五番倉へカートン(一個約二〇キログラム)をもっこに入れて船上クレーンで積込むという荷役作業(以下「本件作業」という。)に、デッキマンとして従事していたところ、午前九時五〇分ころ、もっこ内にカートンを二段積み(下に六個、上に二個)にして、はしけの上方から五番倉の方へクレーンのブームが旋回していた際、もっこ内の上段に積まれていた二個のカートンがすべり落ち、うち一個が、甲板上で倉内をのぞき込んでいた原告の頭上二メートルの位置から落下して、原告の左後頭部に衝突した。原告は、その衝撃で右前額部をハッチコーミングで強打し、さらに仰向けに倒れて鉄製デッキで後頭部を強打し、これにより頸部外傷、右前額部、右側頭部挫創、頭蓋骨骨折、舌咬創、右肘部擦過創、右上眼瞼皮下血腫等の傷害を受けた。

3  (本件事故の原因)

本件事故は、はしけでの荷積作業員がもっこ内に安定よくカートンを積込んでいなかったこと及びクレーンを操作するウィンチマンが本件作業において何ら必要性のなかったクレーンのブームを起こす(角度を上げる)操作を、その旋回操作と同時に、しかも急激に行い、よって、正常な運搬経路を大幅にはずれた位置(原告の頭上)にもっこを移動させたとともに、もっこ内のカートンに横揺れと縦揺れの二重の衝撃を与えたことにより発生したものである。

4  (会社の責任)

会社は、原告との雇用契約に基づき、原告に労務を提供させるにあたっては、その労務提供に伴う災害の危険から原告を保護し、その安全について配慮すべき債務を負っているにもかかわらず、その履行を怠ったために本件事故が発生したのであるから、債務不履行(民法四一五条)により、原告が本件事故により被った後記損害を賠償する義務がある。

会社の安全配慮義務及びこれに違反した事実を具体的に述べると次のとおりである。

(一) 会社は、労働安全衛生法二〇条、二一条一項、二四条及び五九条一項に基づき、本件作業に従事したはしけでの作業員及びウィンチマンの若林省三(以下「若林」という。)に対し、十分な安全教育を施こし、もって、はしけでの作業員に対しては、荷の重量、荷の重心、玉掛け等の方法、荷のつり方、運搬経路、誘導等に留意し、積荷がバランスを崩して落下することがないような荷積方法をとらせ、若林に対しては、積荷を安全に能率よく目的の船倉内に運搬するため、積荷の経路付近に人がいないことを確認し、人の頭上を運搬経路に選ばないようにし、積荷が落下することのないよう静かにクレーン操作をするようにさせるべき内容の注意義務があった。

ところが、はしけでの作業員及び若林に対する会社の右施策が十分でなかったため、はしけでの作業員は、積荷(カートン)をもっこ内に安定よく積込まず、結果的に積荷がバランスを崩して落下するような不適切な荷積みをし、若林は、原告の所在を確かめずにクレーンのブームを急激に振上げ、原告の頭上にもっこを移動させるとともに、もっこ内のカートンに衝撃を与えてこれを落下させるという不適切なクレーン操作をしたのであるから、会社が、右安全配慮義務を怠ったことは明らかである。

(二) また、会社は、現実に荷役作業が行われている間に、原告が事故に会うことのないようにすべき内容の安全配慮義務も負っているが、これは具体的には、はしけでの作業員が適切、安全な荷積みをすること、若林が適切、安全なクレーン操作をすること、一日二回作業現場を巡回する監督(中村猛、森本敏夫)、現場に常駐して作業の総指揮をとる現場責任者(飯田貞夫、中尾康男)及び作業員の中で特に安全監視の任につく安全係(山本某)が、それぞれ作業員に対して、安全ないし事故防止に関して必要な指示をすることによって履行される。すなわち、これらの者は、会社の原告に対する右安全配慮義務の履行補助者である。

ところが、はしけでの作業員及び若林は、それぞれ前記のような不適切な荷積及びクレーン操作をしたのであり、また、現場にいた右の現場責任者及び安全係は、はしけでの作業員及び若林に対して、必要な指示をしなかったものであるから、結局、会社は右安全配慮義務を怠ったことは明らかである。

(三) なお、原告には本件事故発生につき、何らの過失もない。

本件作業は、まずはしけにおいて荷積作業をし、クレーンのワイヤー操作により甲板の高さにまでもっこを巻上げる段階(以下「第一段階」という。)、次に甲板の高さまで上ったもっこをクレーンの旋回により船倉の上部まで移動させる段階(以下「第二段階」という。)、さらに船倉上まで来たもっこをクレーンのワイヤー操作により倉内に巻下ろす段階(以下「第三段階」という。)に分けることができる。そして、デッキマンである原告は、第一段階におけるはしけでの作業を指揮し、第一段階及び第三段階における巻上げ及び巻下ろしについて、ウィンチマンに合図を送ってこれを行わせるのである。ところで、現実の作業手順では、第一段階が終了すれば直ちにクレーンの旋回、つまり第二段階に移る。したがって、原告は第一段階が終了し、もっこが甲板の高さにまできたら、第三段階の作業に入る前提として、船倉内の積荷の経路付近に作業員等がいないことを確認するため、直ちに倉内をのぞき込みに行かねばならず、倉内をのぞき込んでいる間はもっこないし積荷の方を見ることは不可能である。したがって、この間のクレーンを旋回させる作業(第二段階)については、甲板及びもっこを一望のもとに見下ろし安全を確認することができる唯一の作業員であるウィンチマン(若林)が、自己の判断と責任で安全を確認しながら行うことになる。ところが、本件ではまさに第二段階において、原告が倉内をのぞき込んで内部の安全を確認する作業を行っているときに事故が発生したのである。原告は右の正当な任務行為を、しかも、本来ならばもっこの経路になることのない適切、安全な位置で行っていたのに、若林が、前記のとおり全く不必要かつ不適切なクレーンのブームを起こす操作を、その旋回操作と同時に、しかも急激に行ったため、もっこが正常な運搬経路を大幅にはずれ、本来なら来るはずのない原告の頭上に移動するとともに、その衝撃によりもっこ内の積荷(カートン)がすべり落ちたものであって、原告には何らの過失もない。

5  (損害)

(一) 傷害による慰謝料 金五〇〇万円

原告は前記傷害により五五三日間(約一八か月間)入院し、その後現在まで通院を続け、さらに今後も(おそらく一生涯)通院することが必要な見通しである。したがって、前記傷害により原告の受けた精神的苦痛を慰謝するには、金五〇〇万円が相当である。

(二) 後遺症による慰謝料 金一五〇〇万円

原告は右傷害により、現在、頑固な頭痛、眼痛、右半身痛及びしびれ、感情抑制の低下、興奮時の右手の不随意運動、脳波の頭頂部不整律動徐波及び小鋭波(てんかんの恐れ)、感音性難聴、耳鳴、耳痛、右肘関節内顆部の亀裂骨折、脳蓋の拡大、脳萎縮などの後遺症が残っている。これによる原告の精神的苦痛を慰謝するには、金一五〇〇万円が相当である。

(三) 後遺症による逸失利益 金五〇〇〇万円

原告は右後遺症により、労働能力を喪失し、一生涯就労が不可能である。そして、原告は本件事故直前の三か月の平均月収が金二三万一九七五円であり、一方、原告は同一七年二月二六日生れで、本件事故当時三三歳の身体強健な男子であったから、本件事故以後三〇年間は就労が可能であったとみるべきである。これに年方式ホフマン係数(一八・〇二九)を適用して、原告が本件事故により労働能力を喪失したことによる逸失利益の現在価額を求めると、金五〇一八万七三二七円となるが、このうち金五〇〇〇万円を請求する。

(四) 弁護士費用 金五〇〇万円

6  よって、原告は被告に対し、債務不履行による損害賠償として、合計金七五〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である同五四年一〇月一〇日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1項の事実は認める。

2  同2項の事実は認める。

3  同3項の事実は否認する。

4  同4項の事実は否認する。なお、会社が雇用契約上、原告に対し抽象的な安全配慮義務を負っていることは争わない。

5  同5項のうち、原告の入、通院の状況及び後遺症は知らない。損害の主張はいずれも争う。

6  (被告の主張)

本件事故は、次のとおり、原告の一方的過失により発生したものである。

(一)(1) 原告は、本件作業に従事した会社の作業班第三班(原告ほか一八名)の班長であり、本件作業において、デッキマン兼船内荷役作業主任者としての職務に従事したものである。

(2) デッキマンとは、港湾貨物運送事業労働災害防止協会(以下「防止協会」という。)制定の港湾貨物運送事業労働災害防止規程(同四一年七月三日労働省認可。以下「防止規程」という。)四条八号にも定められているとおり、「船内荷役作業において、主として船舶のデッキ上で、玉掛作業を指揮し、揚貨装置等の運転の合図を行う者」であり、また、船内荷役作業主任者とは、労働安全衛生規則四五一条にも定められているとおり、「作業の方法を決定し、作業を直接指揮する」者である。

(3) 右の防止規程二五条及びこれをうけて防止協会が作成した「安全手帳」(原告にも交付されている。)に詳細に記載されているように、デッキマンには、常に積荷の状態を注視し、その状態に応じて必要な措置をとること等により、積荷の落下を防止すべき義務がある。

また、社団法人神戸港湾教育訓練協会(以下「訓練協会」という。)作成の「船内荷役作業主任者の職務内容」にも記載されているように、船内荷役作業主任者には、「クレーンの旋回範囲内に入らない。旋回範囲内には立入禁止措置を講ずる。」ことにより、クレーンの旋回範囲内での積荷落下による事故の発生を防止すべき義務がある。

(4) 以上のとおり、原告は、本件作業において、作業面で、作業の方法を決定し、はしけでの作業員やウィンチマン(若林)を指揮するばかりでなく、安全面でも、クレーンの旋回範囲内における積荷落下による事故発生防止の直接の最高責任者であったのである。

(二) ところで、本件事故の状況は、次のとおりであった。

本件作業が開始され、第一巻目、第二巻目と無事に終わり、第三巻目のときであった。はしけでの荷積作業が終わり、原告の合図によりウィンチマンがもっこをはしけから徐々に巻上げた際、積荷が多少傾斜していたので、艀上の荷積作業員(中谷副班長)は、原告に一旦もっこを下ろすよう合図をした。しかし、原告はこれを無視してそのまま巻上げを続けさせ、もっこを甲板から一、二メートルの高さまで巻上げさせた後、クレーンを旋回させる合図をした。ウィンチマンは、この合図に従い、クレーンを船倉の上の方へ旋回させようとしたが、原告は、旋回を始めた積荷が安全な状態か否かを確認することなく、クレーンの旋回範囲内で、しかもウィンチマンから死角になるところを通って船倉の方へ移動し、倉内をのぞき込んだ。一方、ウィンチマンは、旋回を始めたことにより次第によく見えるようになったもっこ内の上段のカートン二個がすべり落ちそうになっていること及び原告が死角に入って見えなくなったことにほぼ同時に気がつき、大声を出すとともに、直ちにクレーンを停止させた。しかし、カートン二個はそのまま落下してしまい、うち一個が、ウィンチマンの大声で初めてカートンの落下に気づき上を向きかけた原告の頭部に当たったのである。

(三) 右の事故状況から明らかなとおり、原告は、第一に、玉掛けが正確に行われていること、はしけから巻上げられる積荷が安全な状態にあること、旋回を始めた積荷が安全な状態にあることについて、いずれも積荷を注視して確認すべき義務があるにもかかわらず、これを怠っていた。第二に、ウィンチマンに合図を行う際は、ウィンチマンからよく見える位置に立ち、かつ、クレーンの旋回範囲内に入らないようにすべき義務があるにもかかわらず、これを怠り、積荷の経路の下にいた。

原告が右の義務のうち一つでも履行していれば、本件事故は発生しなかったのであり、結局、本件事故は、積荷の落下を防止する直接の責任者である原告自身が右の各義務を怠った過失により発生したものというべきである。

(四) なお、原告は、はしけでの作業員がもっこ内に安定よくカートンを積込んでいなかった旨主張するが、前記のとおり、玉掛けが正確に行われていることを確認するのは、デッキマンである原告自身の義務である。はしけでの作業員が正確に玉掛けをしても、巻上げにより積荷の状態が変ることもよくあるから、前記防止規程及び安全手帳にも示されているとおり、デッキマン自身が玉掛けの正確さを確認し、積荷の安定が悪いときには、一旦下ろして手直しをさせた後、つり荷の平衡を十分に保ったうえで巻上げの合図をする義務があるのである。

(五) なおまた、原告は、ウィンチマン(若林)の不適切なクレーン操作が本件事故の原因である旨主張するが、クレーンのブームを起こす操作は、はしけから本件船舶五番倉の中央部(そこから倉内に巻き下ろしていく。)にもっこを運ぶために必要な操作であり、本件事故の発生した第三巻目だけでなく、第一巻目、第二巻目においても、この操作をしたのである。しかも、若林が、この操作を急激に行った事実はない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1、2項の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、本件事故発生の原因並びに会社の責任について判断する。

1  《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  本件作業が行われた本件船舶の五番倉は、最も船尾側の船倉であり、はしけは、右舷側下につけられていた。船上クレーンは、五番倉の船首側にあり、そのブームの起点の位置は甲板より相当に高く、その運転席は、右起点よりさらに高い位置にあった。その運転席からは、斜め下に甲板を見下ろすことができるが、はしけや五番倉内を見ることはできず、また、同倉の倉口の蓋がクレーン側に立てかけられていたため、甲板上の一部も死角になって見えないところがあった。五番倉の倉口は、長方形で、縦(船首尾方向)約九メートル、横約七・八メートルの大きさであり、右舷側のブルワークから同倉口のハッチコーミングまでの距離は約四・五メートルであった。同倉は、本件作業開始前から、その船首側三分の一ほどが積切り(すでに荷物が積込まれていること)になっており、本件作業では、もっこを同倉口の中央付近から巻下げていくことになっていた。

(二)  本件事故が発生したのは、作業開始後間もない第三巻目のときであった。

第三巻目のため、はしけでの作業員が空のもっこ内に棚板を敷き、その上にカートンを六個、さらにその上に二個積んで、玉掛け作業を完了した。

原告は、そのとき、甲板上やや船首寄りの右舷側のブルワーク付近(はしけ上に伸びているクレーンのブームの真下)にいたが、その位置で、ウィンチマンの若林に対し、クレーンのワイヤーを巻上げるよう合図をし、これを受けた若林は、ワイヤーの巻上げを開始した。これによりもっこが徐々に上昇したが、その際もっこ内のカートンが多少傾斜して不安定な状態にあった。はしけでこれに気づいた中谷尚(本件作業を担当した第三班の副班長)は、原告に対し一旦もっこを下ろすよう声をかけながら手で合図をしたが、原告はこれに気づかず、そのまま巻上げを続けさせ、もっこは右舷側のブルワークから一、二メートルの高さにまで巻上げられた。

ここで原告は、若林に何らの合図をすることなく、ブルワーク付近から五番倉口の方へ移動を始めた。原告が移動したのは、クレーンのブームの旋回範囲内であったが、若林は、原告が移動するのを見て、巻上げたもっこ内のカートンが静止しているのを確認したのち、クレーンのブームを旋回させて、もっこを倉口の中央上へ運ぶ作業にとりかかった。もっこを倉口の中央上に運ぶためには、ブームを旋回させる操作に加えて、ブームの角度を、はしけ上に伸ばしていたときより若干上げることによって、もっこをブームの起点の方へ引き寄せる操作をする必要もあったが、若林は、右の両操作を同時に行い、ブームの角度を上昇させながらこれを旋回させていった。

若林は、右操作をしながら、原告ともっこの両方を見ていたが、途中で原告が見えなくなり、その後間もなく、ブルワークとハッチコーミングの真中あたりの上まで移動してきたもっこを見て、もっこ内の上段の二個のカートンがすべり落ちそうになっていることに気がついた。そこで、若林は、大声を出して危険を知らせるとともに、直ちにクレーンを停止させた。しかし、二個のカートンはそのまま落下してしまい、一個は倉内に落ち、もう一個はハッチコーミングから倉内をのぞき込んでいた原告の左後頭部にあたった。

カートンが落下し始める直前に、ブームないしもっこが突風などの自然力により揺れたことはない。

(三)  若林が、ブルワーク付近から倉口の方へ移動する原告を見て、原告からの合図を受けずに右のような操作にかかったのは、第一巻目、第二巻目のときも同様であったが、これは原告が、ブームを旋回させるときはウィンチマンに「旋回」の合図をする必要はないものと考え、原告がデッキマン、若林がウィンチマンという組合わせで、本件事故以前約一年間作業をしてきた中で、原告が若林に「旋回」の合図をしたことは、一度もなかったからであった。また、原告は、ブームの旋回中でも、その旋回範囲内にいるのが常であり、原告と若林との間においては、積荷がはしけ上に巻上げられたのち、原告が格別合図をせずに、倉口の方へブームの旋回範囲内を移動することが、すなわち、若林に対する「旋回」の暗黙の合図になっていたのである。本件作業の第一、二巻目のときも、本件事故のときも、もっこがはしけ上まで巻上げられたのち、原告が旋回範囲内にいる間はクレーンの旋回操作をしないよう若林に指示したことはない。

(四)  原告は、同四八年一月ころ、会社の作業班第三班の班長に抜擢され、デッキマンを担当することになり、同年二月二〇日には、防止協会から「船内荷役作業主任者講習修了証」の交付を受け、以後デッキマン兼船内荷役作業主任者として、会社の作業に従事していた。

デッキマンとは、船内荷役作業において、主として船舶のデッキ上で、玉掛作業を指揮し、揚貨装置等の運転の合図を行う者であり、船内荷役作業主任者とは、作業の方法を決定し、作業を直接指揮する者である。

原告は、右の講習の際、訓練教会作成のテキスト「船内荷役作業主任者の職務内容」に基づく講習を受け、また、デッキマンを担当するにあたり、会社から安全手帳の交付を受けた。

安全手帳の「デッキマンの安全心得」の項には、「クレーンの運転の合図を行うときは、いつでもウィンチマンから見やすく、つり荷の状態がよく見える安全な位置で、定められた合図を確実に行うこと。玉掛けがいつも正しく行われていることを確認すること。つり上げた荷の状態もよく見ること。荷を巻上げるときは、ゆっくり巻き、つり荷の振れを止め、つり荷の平衡を保ったのち、巻上げの合図を行うこと。つり荷が荷くずれしたり抜け落ちる危険があるときは、クレーンの運転の合図を行わないこと。常に巻上げ、巻下げする荷の下方またはつり荷を移動させる方向に作業員等がいないことを確認して(いるときは退避させたのち)、荷の巻上げ、移動の合図を行うこと。」(要旨)が記載されている。防止規程にも「会員(ここでは会社を意味する。)は、デッキマンに次の措置を行わせなければならない。」として、同旨のことが記載されている。

また、前記「船内荷役作業主任者の職務内容」には、「クレーンの旋回範囲内に入らない。旋回範囲内には立入禁止措置を講ずる。」ことが船内荷役作業主任者の職務として記載されている。

なお、ウィンチマンの若林は、揚貨装置運転士免許を取得してから二〇年余、主としてウィンチマンの仕事に従事しており、船内荷役作業主任者の資格も有している。

(五)  会社には、荷役作業中、毎日午前と午後の二回、現場を巡回する者(原告のいわゆる監督)がいるが、これは主として、作業の進行状況を視察するのが役割で、たまたま安全上問題のある作業をしていることに気がついた場合に必要な指示をすることがあるにすぎない。また、一つの船舶の各船倉で行われる作業の総指揮をとる「本船監督」(原告のいわゆる現場責任者)が現場に常駐しているが、これは元請会社の者と打合わせをして、全体の作業計画を立てたりするのが主な役割で、たまたま危険な作業等をしていることに気がついた場合に必要な注意をするにすぎない。また、作業員の中に「安全係」が配置されているが、これは安全旗を立てたりするほかは、一般作業員と同じ作業に従事する者で、その作業の中で、とくに安全に注意すべきこととされているにすぎない。

したがって、会社としては、各船倉における作業についての積荷の落下事故防止等の安全面の指揮監督も、各デッキマンの責任に委ねている。

他方、会社は、仕事の閑散なとき随時、作業班単位で、又は作業主任者だけを集めて、教本を使用して安全教育を実施し、その他安全委員の会議を定期的に開催している。

(六)  はしけでの作業員が正確に玉掛けをしても、巻上げにより積荷の形が変わり、不安定な状態になることはしばしばあり、そのような場合、デッキマンがとる措置としては、ウィンチマンに合図を送り、一旦はしけにもっこを巻下ろさせてはしけの作業員に手直しさせる方法と、甲板上にもっこを仮置きさせて自ら手直しする方法とがあるが、原告は、本件事故のとき、このいずれの方法をもとっていない。

以上の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

2  右認定事実によれば、本件事故で落下したカートンは、はしけから徐々に巻上げられた段階で、すでにもっこ内で傾斜し、不安定な状態にあったが、それが今度は、クレーンのブームがはしけ上から甲板上の方へ旋回させられるとともに多少上に引上げられ、もっこも同じように動いて揺れたため、次第に傾斜の度を深め、もっこが甲板上の倉口上に近いところまで来たとき、ついにすべり落ちるに至ったものと推認することができ、本件事故の原因は、カートンがもっこ内に安定よく積込まれていなかったこと及び原告がもっこ内のカートンの状態に注意することなく、もっこの経路の下にいたこと(原告がそこにいるのに若林がクレーン操作を行ったこと)にあると解するのが相当である。

原告は、若林がブームの旋回操作と同時に、本件作業上何らの必要性がなかったブームの角度を上げる操作をし、しかもこれを急激に行ったため、もっこが本来の経路を大幅にはずれたとともに、その衝撃でカートンが落下した旨主張する。

しかし、右の操作が本件作業において必要であったことは、右認定のとおりであり、若林がこれを急激に行ったこと及びこれによりもっこが本来の経路を大幅にずれたことを認めるに足りる証拠はない(確かに、《証拠省略》によれば、相当急激にブームを上昇させなければ、落下したカートンが原告に衝突することはないかのように見えるが、右各図面は、その縮尺が極めて不正確であるのみならず、ブームの長さが示されていないので、これから右事実を推認することはできないというべきである。しかも、右認定事実によれば、もっこは、右舷側のブルワークより一、二メートル高い位置まで巻上げられていたのであり、他方、カートンが落下したのは、原告の頭上二メートルの位置からであるから〔これは当事者間に争いがない。〕、ブームは起こされたとはいえ、それほど上昇していないと考えられることをも考慮すれば、なおさらである。むしろ、若林が第一、二巻目のときも右のような操作を行ったことからすれば、もっこは本来予定されていた経路を通ったものと推認できる。)。また、右認定事実によれば、落下したカートンは、はしけの上方で徐々に巻上げられた段階で、すでに傾斜し不安定な状態にあったのであるから、単に旋回の操作が行われただけでも落下したであろうとも考えられ、したがって、原告主張のように、若林がブームを旋回させるだけでなく、これと同時にブームの角度を上げる操作をしたことにより、その衝撃で、カートンが落下したものであると断定することはできないというべきである。

3  以上の認定事実を前提に会社の安全配慮義務違反の有無について判断する。

(一)  本件事故の原因の一つは、カートンがもっこ内に安定よく積込まれていなかったことにあるところ、前記認定事実によれば、積荷(カートン)の状態を常に注視し、状況に応じて必要な措置をとることにより、積荷の落下を防止する直接の責任者は、原告自身にほかならないというべきである。そして本件においては、原告がカートンの状態を注視しておれば、それが傾斜し不安定な状態にあったことは容易に発見することができたはずであり、これを手直しして安定をよくする機会は十分にあったものである。他方、はしけでの作業員の荷積み方法がとくに不適切であったことを認めるに足りる証拠はなく(正確に玉掛けをしても、巻上げにより積荷の形が変わることは、しばしばある。)、むしろ、はしけで作業をしていた中谷尚が、原告にカートンが傾斜している旨合図しているのであるから、はしけの作業員はそのなすべき義務を尽くしていたものというべきである。

なお、原告は、本件作業の第二段階においては、原告は船倉内の安全を確認しなければならないから原告に積荷を注視する義務はなく、この段階における積荷落下防止の責任はウィンチマンにある旨主張するが、前記認定事実によれば、原告には常に積荷を注視すべき義務があるというべきであるし、はしけの上方まで巻上げられた積荷の状態及び旋回を始めた積荷の状態が安全であることを確認してから、旋回している積荷を注視しつつ倉口の方へ移動する方法をとれば、第二段階中に、積荷の状態を注視しつつ、十分倉内の安全を確認しうるのであるから、右主張は失当である。

したがって、カートンが安定を欠いていたことの責任は、原告にあり、はしけの作業員の積荷の方法が不適切であったことを前提として、会社に安全配慮義務違反があるとする原告の主張は、理由がないというべきである。

(二)  本件事故のもう一つの原因は、原告がもっこ内のカートンの状態に注意することなく、もっこの経路の下にいたことにあるところ、これは原告自身の過失であることは明らかであるが、問題は、むしろ、原告がもっこの経路の下にいたのに、若林がクレーン操作をしたことにある。

しかしながら、前記認定事実によれば、原告は、従来から常に、自らがブームの旋回範囲内にいる状態で若林にブームの旋回操作をさせていたのであり、本件事故のときも、結局、原告自身が、もっこの経路の下にいる状態で、若林に前記クレーン操作をさせたものというべきである。他方、若林としては、原告がクレーンの旋回範囲内にいる状態でクレーン操作をしたことは、好ましくはないが、これを常日頃から原告の指示により行っていたところでもあり、また、クレーンの旋回範囲内でも、もっこの経路の下でなければ、必ずしも危険でないと考えられるから、その意味において、右操作をしたことに過失はないというべきである。また、若林は、本件事故のとき、右操作にかかる前に、もっこが静止していることを確認しており、また、原告がもっこの経路の下にいたことは、原告が死角に入ったため気づかなかったのであり、そして、原告が見えなくなってから間もなく、カートンがすべり落ちそうになっていることに気づき、大声を出して危険を知らせるとともに、直ちにクレーンを停止させたのであるから、ウィンチマンとして、なすべき義務を尽くしているものというべきである。

なお、会社としては、原告の指示によるものとはいえ、若林が常日頃から、原告がブームの旋回範囲内でいる状態でクレーン操作をしている事実を把握していたならば、これを改めさせる措置を講じるべきであったと考えられるが、会社が右事実を把握していたことを認めるに足りる証拠はない。

したがって、若林のクレーン操作が不適切であったことを前提として、会社に安全配慮義務違反があるとする原告の主張は理由がないというべきである。

(三)  なお、本船監督(現場責任者)ないし安全係は、危険な作業が行われていることを発見したときに必要な指示をするものであるところ、本件事故のとき、これらの者が危険な作業が行われていることを現認しながら、必要な指示をしなかったことを認めるに足りる証拠はない。

(四)  以上のとおりであって、会社には、本件事故について、原告が主張するような安全配慮義務違反は認められないというべきである。

なお、そもそも原告の主張する安全配慮義務違反の事実のうち、荷積み及びクレーン操作の不適切の点は、これに従事する作業員が業務上当然に負うべき通常の注意義務に関する問題であって、このような通常の注意義務は、会社が雇用契約に基づき信義則上負担する安全配慮義務の内容に含まれないものと解すべきであるから、右の主張はその意味においても理由がない。

三  以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中川敏男 裁判官 上原健嗣 小田幸生)

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